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東京高等裁判所 昭和55年(う)670号 判決

被告人 堀内三平 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人丸井英弘、同吉田健、同五百蔵洋一が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官石井和男が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一及び第二について

所論は、要するに、(一)「早川さんを支援し共に闘う会」(以下、「共に闘う会」という。)は被告人早川久惠の解雇撤回を求めることを目的として一時的に結成された団結体であつて、憲法二八条により団体交渉の主体となることを認められている「争議団」であるから、その構成員である被告人早川の解雇撤回問題について、使用者である医療法人社団一陽会陽和病院(以下「陽和病院」という。)に対し固有の団体交渉権を有するのに、右会が使用者と対向関係にない一種の市民団体と解するのが相当であるとして、その団体交渉権を否定した原判決の判断は、意味不明な理由を附している点において理由不備の違法があり、かつ、団体交渉権の存否に関し法令の適用を誤つたもので、右権利の存否が被告人らの本件各犯罪の成否を判定する前提となることよりして、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、(二)また、右「共に闘う会」は、昭和五一年八月前記病院の従業員をもつて組織された陽和病院労働組合(以下、「陽和労組」という。)から労働組合法六条により団体交渉の委任を受け、同組合のためその使用者と団体交渉をする権限を取得しているのに、本件争議の経過についての認定を誤り、右団体交渉委任の事実を否定し、右会と組合との間には組織上の関係はないと判示した原判決は、弁護人の証拠申請にかかる右会刊行の小冊子等の一部記載を不当に重視するなど証拠の評価選択を誤り、事態への洞察を欠いた結果事実を誤認したもので、この誤りは前同様判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

一  「共に闘う会」の団体交渉権について

そこで、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、関係証拠によれば、次のような事実を認めることができる。すなわち、「共に闘う会」は、原判示のような経緯により、被告人堀内三平の所属する自治労小金井市職員組合警備員部会等が、昭和五〇年四月、陽和病院の看護助手被告人早川久惠の解雇撤回闘争を行う同被告人及びその所属する陽和労組を支援する目的で、労働者、市民、学生等の個人及び諸団体に参加を呼びかけた結果、これに賛同する地域の労働組合員や他の病院関係の労働組合員を主体に、被告人早川と陽和労組の執行委員約一〇名がこれに加わりその構成員となつて結成されたものである。そして、右会は、同年一二月一三日から効力を有するとされる成文による規約を備えているが、これによれば、会の決議及び執行の各機関として総会及び事務局を置き、会費・寄附金をもつて財政的基礎と定めるほか、被告人早川の解雇撤回・完全職場復帰のための活動という会の目的に賛同するすべての個人及び団体が会員資格を有するものとされており、本件当時においては、小金井市職員組合警備部会に勤務する被告人堀内、印刷会社に勤務する被告人齋藤諭、他の病院に勤務する被告人松尾高明、その他全水道東京都水道労働組合高野台分会所属の労働者ら、陽和病院のある東京都練馬区の地域労働者が会員となつており、これに被告人早川が加わり、陽和労組の前記執行委員も会員として在籍していた。

ところで、およそ団体交渉は、労働組合など労働者の団結体が労働条件の維持・改善その他労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とし、使用者又はその団体との間で団結の力を背景に行うものであるから、団体交渉権は、使用者に対し対向関係にある労働者を構成員とする団結体に対して付与されるべきものであつて、そもそもこのような関係の成立する余地のない者の間では団体交渉権保障の問題は生じない。そして、ここにいう労使の対向関係とは、使用者と労働者との間に雇用契約が締結されている場合が最も典型的かつ一般的なものとして挙げられるが、これに限定されるものではなく、労使間の契約関係の実態に着目したとき、労働組合法の適用を受けるべき雇用関係(同法七条二号)が成立しているものとみなして団体交渉の当事者適格を認めるのでなければ、同法一条一項所定の目的を実現し難い場合(例えば、いわゆる社外工と受入会社、民間放送会社と放送管絃楽団員の事例、最高裁昭和五一年五月六日第一小法廷各判決・民集三〇巻四号四〇九頁及び四三七頁参照)などを含む趣旨であり、また、この他にも当該労働組合の上部団体が同法二条本文にいう「連合団体」として独自の団体交渉権を有する場合がある。しかし、憲法二八条所定の団結権・団体交渉権の保障の範囲を更に拡張し、右のような関係のない、争議当事者の一方を支援する第三者にすぎない者やその集団にまで及ぼし、これに当事者適格を付与して固有の団体交渉権を享有せしめようとする所論の見解には賛同できない。たとえ解雇の効力を争う労働者の所属する労働組合が弱体なため、第三者が支援するのでなければ被解雇者の権利を擁護できないという特段の事由のある場合であつても、これら支援団体に固有の団体交渉権を認めることは労働関係秩序を複雑化し混乱させるばかりでなく、支援の実効を挙げるためには実定法の許容する範囲内で他に方法があることを考えると、これら支援団体に固有の団体交渉権を付与するのでなければ、憲法二八条の保障を欠くことになり、同条に違反すると解することはできない。また、所論は、労働組合法の解釈上、支援の第三者も、自己の使用者に対する関係で同法三条所定の「労働者」に該当する以上、争議中の当事者である使用者に対する関係でも「労働者」であり、これを構成員とする一時的交渉団体は、争議団として固有の団体交渉権を有するとも主張するが、独自の見解であつて、到底採用できない。

そして、「共に闘う会」は、陽和病院の従業者ではなく、また将来においても病院と雇用関係の生ずる可能性のない他企業等の従業員を主たる構成員とし、そのような者の指導のもとに組織運営されているものであるから、右会を社団的統一体と評価し得ても、陽和病院と対向関係にあるものとは認められない。したがつて、右会は、「争議団」その他いかなる資格においても、陽和病院との関係において当事者として団体交渉権を享有するものではない。もつとも、「共に闘う会」の構成員の中には陽和病院の従業員である被告人早川及び陽和労組の執行委員らが含まれているけれども、同人らは当初右会から支援を受けるために構成員として参加したという経緯があり、右の者らのみで団結体を結成し、その余の部外構成員はその統制下で行動する趣旨で参加しているものと認めることは到底できないから、被告人早川及び陽和労組の執行委員が右会の構成員になつているからといつて会の団体交渉権の存否に関する前記結論に影響を及ぼすものではない。してみると、原判決が「共に闘う会」は使用者である陽和病院と対向関係にない一種の市民団体と解するのが相当である旨判示したのは、判文中いささか措辞適切を欠くきらいのある点を含むとしても、結局叙上説示するところと同趣旨に帰すると認められるから、これを正当として是認することができる。原判決に所論の理由不備や法令の適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。

二  団体交渉委任の有無について

所論は、「共に闘う会」が固有の団体交渉権を有しないとしても、陽和労組から委任されその権限を取得した旨主張する。しかし、この点に関し所論の委任の事実が存在しなかつたとする原判決の認定判断は、その判示するところに徴し正当としてこれを是認できる。また、陽和労組の上部団体として病院当局に対し独自の団体交渉権を有する総評全国一般労働組合東京地方本部からも委任を受けたかのごとき主張をする所論も、これを認めるに足る証拠はない。

証拠によつて本件争議の経過を見てみるに、被告人早川が昭和五〇年二月二八日解雇されるや、同被告人及び陽和労組は右解雇撤回を要求して団体交渉を重ね、同年五月八日と一五日にはストライキを行つたが、その際、「共に闘う会」は争議経験のない陽和労組を積極的に支援する態勢をとつて行動し、右両者が共闘関係にあつたことは所論のとおり認められる。しかし同年六月ころから組合内部に情勢の変化が起こり、以降組合としては、早川解雇問題について闘争を継続するについては、司法上の救済と労働委員会による行政上の救済を求める方針をとり、同年一一月ころ「共に闘う会」が表面に出て病院当局に対し団体要求や抗議活動を開始する際同調を求めたのに対し、右組合がはつきりこれを拒否する態度をとつていることは原判決が説示するとおりであつて、組合のこの態度は本件犯行当時に至るまで変更がなかつたと認められる。解雇撤回と題する小冊子No.2一冊(当庁昭和五五年押第二四五号の四)、闘争ニユース創刊号及び二号(同押号の五)等について、右文書の記事内容が「共に闘う会」の立場からいわゆる情宣活動の手段として書かれているという所論の指摘を念頭において検討吟味してみても、原判決の証拠の評価判断に誤りがあるものとは認められない。所論は、病院当局の執拗な不当労働行為により陽和労組の組織が弱体化し闘争の継続が困難となつたため、陽和労組の執行部としては、組織の建て直しの間「共に闘う会」に闘争を委託した旨主張するが、そもそも団体交渉の委任は、その事柄の性質の重要性にかんがみ、組合大会の議決やこれに準ずる機関決定を要するものと解されるところ、そのような内部手続が行われたことを認めるに足る証拠はなく、また、前記組合内の情勢に徴しそのような意思決定が行われる余地がない状況にあつたと認められ、また、陽和労組として使用者に対し右委任の通知をしたり、「共に闘う会」において委任の事実を病院当局に告知し、自ら団体交渉担当者としてその権限を有することを示したことをうかがわせるに足る証拠も全く存しない。

以上のとおりであつて、原判決に所論の理由不備、法令適用の誤り又は事実誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三について

一  理由不備の主張について

所論は、要するに、被告人らの原判示各犯罪事実については、事実の存否について争いがある場合であるから、刑訴法四四条、三三五条一項により判決中に事実を認定し法的判断を行つた根拠を合理的な疑いが残らない程度に記載することが要求されているのに、これを欠いた原判決には理由を附さない違法がある、というのである。

しかしながら、有罪判決には、罪となるべき事実とこれを認定するために用いた証拠の標目を示すことをもつて足り、事実に争いのある事案であつても、それ以上に証拠説明を要求されるものでないことは、所論引用の刑訴法三三五条一項の規定に徴し明らかである。原判決は、その判示内容に照らし、必要にして十分な理由が示されており、所論の理由のないことは明らかである。

二  法令違反、事実誤認の主張について

所論は多岐にわたるが、これを要するに、原判示の各事実について被告人らはいずれも無罪であるのに、有罪の言渡をした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認、訴訟手続の法令違反及び法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、原判決の挙示する対応証拠を総合すれば、原判決第一ないし第四の各事実を優に認定することができるのであつて、原判決が「二右主張に対する当裁判所の判断」と題して補足説明するところは正当として当裁判所もこれを是認することができる。所論にかんがみ、その余の証拠を精査してみても、右結論を左右することができず、原判決に所論の誤りがあるものとは認められない。所論に即して、若干これを補足すれば、以下のとおりである。

1  所論は、原判示第一の一、第二及び第三の建造物侵入の点に関し、関係被告人らの行動は、病院当局に対し被告人早川のために団体交渉を申し入れ、また、病院内の労働者、患者らに対し紛争の経過と当局の不当性を訴えるためのもので、しかも病院構内は平常一般人の自由な立入りが許されている場所であるから、病院当局が被告人らに対し立入禁止の措置をとることは不当労働行為に該当し法的に無効であり、かつ、被告人らの立入り行為の態様が平穏なものであつたことに徴しても建造物侵入罪は成立しない旨主張する。

しかし、「共に闘う会」は、病院当局に対しいかなる意味でも団体交渉権を有するものでないことは既に説示したとおりであり、病院当局には右団体交渉の要求を応諾する法律上の義務はない。したがつて、その有する施設管理権に基づいて「共に闘う会」の構成員らに対し病院構内への立入りを禁止する措置をとることは有効になし得るものといわなければならない。しかるに、被告人らは、「共に闘う会」の構成員らとともに、六名ないし二十数名の集団となつて病院正門に施された閂を外し、同所に設けられた立入禁止の制札や警備員の明示的制止を無視して病院構内に乱入したもので、その立入りと構内における抗議行動の具体的状況は原判決が判示するとおりに認められ、その行動を全体として観察すれば、そのいずれの場合も精神科専門病院である右病院施設の平穏な利用を害さない程度にとどまつていたとは到底認められないから、被告人らについて建造物侵入罪の成立することは明らかといわなければならない。所論は、原判決には被告人らを含む「共に闘う会」構成員らの具体的行動について事実誤認がある旨主張するが、所論指摘の各証拠を検討してみても、原判決に証拠の取捨判断を誤つたかどがあるとは思われず、少なくとも建造物侵入罪の成否に影響を及ぼす事実に関する限り、事実認定に誤りがあるとは認められない。

2  所論は、原判示第一の二の事実に関し、被告人堀内の警備員小宮勘太郎に対する暴行の不存在をいうが、右小宮の原審証言は、その供述内容に徴し、自己の蒙つた被害事実をその記憶に従つてありのままに供述しているものと認められるのであつて、その供述の中に関係者らの目撃状況と若干くいちがうところがあつたとしても、被害者が着用するネクタイを掴まれて強く引張られたという事実の存在に関する限り、同人の証言を十分信用することができるのであつて、原判決に事実誤認があるとは認められない。

3  所論は、原判示第二のうち業務妨害の事実に関し、被告人堀内、同松尾らの行為は、病院当局の団交拒否や病院職員の行為によつて発生した「共に闘う会」の構成員の負傷に対する不当な治療拒否等に抗議するためにした正当な行為であり、かつ、短時間のことで病院業務に支障がなかつたから、被告人らの行為は威力業務妨害罪の構成要件に該当しない旨主張する。しかし、右被告人らの原判示行動によつて陽和病院本館事務室内が混乱に陥り、同室内で執務中の職員七名の医事関係事務が中断されたものであつて、証拠によつて認められる具体的状況に徴すれば、右事務が妨害された時間が十数分という比較的短時間であつたことや、所論のように病院職員が創傷の治療要求に対しいささか誠意ある応待に欠けるところがあつたことなどの諸事情を十分考慮してみても、右被告人らの行為が業務妨害罪を構成することは明らかで、法秩序全体の見地から許容されるべきものとして、実質的違法性を欠くものとすることはできない。原判決のこの点に関する判断に所論の法令適用の誤りはない。

4  原判示第四の事実は、被告人早川が外十数名の者と共謀のうえ、元旦に陽和病院副院長宅に侵入したという事案であつて、所論のいうように、その行動は本件争議の経過にかんがみやむを得ないものとして許容すべきものとも、また、被害者において住宅内立入りを受忍すべき立場にあつたとも到底認めることができず、その立入りの具体的態様に徴し、同被告人らの行為は住居侵入罪を構成し、前同様実質的違法性に欠けるところはない。原判決に所論の法令適用の誤りがあるとは認められない。

その他、所論にかんがみ、更に記録を検討してみても、原判決に所論の誤りはなく、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松正富 寺澤榮 宮嶋英世)

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